魔性の子

2012-04-15
伊崎肇

 産まれたての赤子を抱いて彼女は零した。真っ赤で薄い肌に触れる指は血の気を失い白かったが、お産に立ち会った人々は赤子に零れ落つ娘の涙を幸福な景色と思った。よかったわねえと笑った助産婦は零されたものを喜びと見た。顔をくしゃりと歪めて彼女は、今や母になったかつての娘は、感情のさざめく眼差しで改めて自分の娘を見下ろした。黒く焼け焦げて転がっていた。小さく弱々しい姿の赤子は彼女が触れた途端子供になり少女になり激しい若さに燃ゆる娘に成り果てた。来る日の姿がそこにあった。娘は人とは思えない美しさをたたえ野を駆けるだろう。草を摘み薬を練り生きるものを救っては微笑んで、やがて魔女と呼ばれあれは人にあらずと壊され汚され犯されて火あぶりの中死ぬだろう。産まれ生まれたことさえ呪うだろう。かの女は、母と成った女は涙を零して赤子を見つめた。母の涙が滴り落ちた娘の頬はまだ生まれたてのそれであったけれども、途方もない痛み妬み苦しみに殺される未来は事実だった。今ここで天に還った方がずっと幸福と言えた。けれども女は笑ってはやはり涙を零すだけだった。誰にも言わぬと心に決めて今だけ成り立つ祝福をした。生憎女はまだ娘であった。
 魔女はまだ、自分の命が惜しかった。

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