GGG ~男色紳士創世記~ 第一話

2012-04-11
鬼畜先輩

序章 「変態(HENTAI)」

 

走る、走る、走る。理由を考える余裕など無く、全身の筋肉を、骨を軋ませて少年は雨の町を走っていた。

逃げるのだ。この世の理不尽を集めた、もしくは狂気を固めて創られたかのような「ソレ」から。体内の酸素を絞り出し、震える心を激励し、千切れそうな足を引きずって。

突如、少年に影が落ちた。

「ソレ」がビルの屋上から降ってきたのだ。

「ソレ」は狂気だった。絶望だった。禿頭を輝かせ、少年を飛び越え、行く手を遮った「ソレ」。鋼のように鍛え上げた筋肉は内に秘めるエネルギーを示すかの如く僅かに振動しており、圧倒的な異質さを放っていた。異様な光を宿すその眼が輝き、「ソレ」が褌以外身に着けていないことが少年の思考を止めていた。

「…ゲイ」

自身と同じ、あるいはそれ以上の距離を走ったはずの「ソレ」は息ひとつ切らさず、雨に打たれる少年を見据えていた。

そして手が伸び―――

第一話 「男色(だんしょく)紳士(しんし)」

 

「おはようございます。朝のニュースをお伝えします。」

小雨の降る、わずかに憂鬱な朝。有機ELディスプレイとデジタル放送のゴールデンコンビに挑むかのように、石膏のような化粧で武装したアナウンサーの声を聞き流しながらコーヒーとトーストのみの簡素な食卓に着く。

どれほど社会が変わっても、食事というものはたいして変わらない。

そう。変わったのだ、社会が。

2025年。宇宙人は未だ現れず、不老不死など夢のまた夢だ。

だが戦争は無くなった。宗教は個人のものとなり、先進国、後進国の区別なく手に手を取って人類の明るい未来を目指している。

誰もが日々を懸命に過ごし、問題の大半は解決した。高効率の発電機が埋蔵資源の寿命を延ばし、あらゆる医療技術は共有された。

地球人口はすでに100億の大台を越えている。

農業は地球規模の事業となり、数十億人の農業従事者が今日も地球の食糧を生産する。

なぜこの社会形態となったのか。誰も原因は知らない。ある日、突然すべての人類が気づいたのだ。

「私たちは『人類』だ。」

これは確かに、理想の社会の形だろう。ここまで考えて、「彼」はコーヒーを飲み干した。

「―――し、軽傷者17名、行方不明3名。これに対し当局は―――」

問題が無いわけではない。特にこの日本では。正体不明の組織が存在する。情報統制されているのか、目的、規模、名称の全てが不明。だがこうも毎日事件が続いて奇妙と思わないほうが問題だろう。

「―――現場には犯人のものと思われる褌(ふんどし)が―――」

(褌?)

若干興味を惹かれたが、朝はそこまで余裕がない。

「関係ないか。」

社会に蔓延(はびこ)る邪悪よりも今日の食事の方が重要だ。簡単に食器を洗い、雨の町へ今日の仕事を探しに出る。

 

「はぁ…」

仕事がない。人が溢れるこの街は完全な買い手市場だ。フリーターには辛いものがある。どうにも何かが「違う」らしく、仕事が見つからない。もう水道が止まるのも時間の問題だ。生活保護は「彼」のプライドが許さなかった。

そう、「彼」は誇り高かった。仕事が無いのは「彼」の誇りに見合う仕事が無かったからだ。無論、働かなくては生活できないので最低限の肉体労働をする。

「彼」の鍛え上げた肉体はそれを可能とするだけのスペックを持つ。だが必要以上の消費はしない。

「彼」が今欲しいものは仕事と「彼氏」だった。

間違いなど無い。

2025年、『人類』は皆「理想的な」生活を営んでいた。細かいトラブルはあるものの、概ね幸福だった。だが、「彼」にとっては酷いものだった。なにしろ「彼」が気に入った男性には皆彼女がいた。それどころか独り身の方が珍しい。たいてい十台半ば位で結婚相手が決まる。「彼」は紳士であり、愛こそが最高の概念だと信じていた。彼等は祝福されるべきなのだ。

重い足取りでアパートへ向かう途中、「彼」のゲイダー[1]に反応があった。その方向から妙な音がする。

これは―――

(逃げている…?)

深夜の町、それも雨である。「彼」はその音の異常性に気づくや否や、傘を投げ捨て、感覚を頼りに走るのだった。

 

少年は目の前で起きたことを理解できなかった。物語の主人公にでもなったような気がした。筋骨隆々の大男に追い詰められたかと思えば、謎の男がそれを防いでいた。

「大丈夫か?」

男がこちらに目も向けず言った。目の前の大男から目を背ける余裕がないのだ。

「あ…」

声にならない。何せ見ず知らずの男二人が自身を巡って対立しているのだ。少年の20年に満たない短い人生経験では持て余すのも無理はない。気が遠くなる―――

 

「逃げろ!」

「彼」は怒鳴りつけた。少年は呆然として、座り込んでいる。

(まずいな…)

姿勢、筋肉の付き方、何よりもその眼。全ての感覚が警鐘を鳴らしていた。守りながらなど夢のまた夢。正面から挑んで互角か。

大男が少年を捕えんと動く。巨体に見合わぬその速度は肉体の使い方に熟知している証拠だった。

「させるかッ!」

目の前の敵から少年を守る。そのためなら多少の無茶は承知の上だった。

腕を掴み、動きを止める―――

直後、轟音が町を揺るがした。

 

(何、が…)

認識が追い付かない。全身が軋む。喉が詰まって息苦しい。割れたガラスに自身が映っていた。白かったシャツは赤く染まっている。口も、頭も、赤い液体で濡れていた。何より、いつのまにか寄りかかっていたビルの壁が陥没していた。

(嘘だろ…?)

ここにきて「彼」の認識が追い付いた。つまり、薙ぎ払われたのだ。

「あんた…人間か?」

ぼろぼろの体に鞭打ち、質問をする傍ら、頭の一部は妙に冷えていた。まるでこんなことはピンチですらないと言うかのごとく。怪我でもしたのか、右手の甲に異様な熱さを感じていた。

 

「はーっはっはっは!」

場違いな声が聞こえた。「彼」が見上げる先には歪んだ街灯の上に立ち、高笑いする褌に白衣の男が立っていた。

「何者だ!」

(褌だと?また?流行っているのか?)

「知りたいかね?知りたいかね?ならば教えてあげよう。我ら、『衆(しゅ)道(どう)衆(しゅう)』!

衆道を極めんと集まった精鋭たちよ!」

自分に酔っているのか、はたまた興奮しているのか、白衣の男は高らかに宣言した。

「衆道衆…だと?」

「彼」の頭の中で様々な事象が浮かび上がった―――「続く事件」「褌」「異常な力」「謎の組織」。

「まさか…最近の事件は」

「そう!君は頭の回転も速いようだね!素晴らしい!そうとも。衆道は我々に力を与えてくれるのだよ!なんでも好きなことができる。異国のHENTAIなど敵ではない!」

ニヤニヤとこちらを嘗め回すように見る白衣。大男はなぜか固まっている。

「いや、まったく嬉しい誤算だよ!逃げた実験体を追っていたら好みの少年に優秀なゲイ!大漁だ!これだからフィールドワークは止められない!」

(ふざけるな…)

「彼」は怒りに燃えていた。衆道衆のやり口には愛が無い。認められるわけがない。「彼」は誇り高き紳士だ。力づくで何かを手に入れるなど、最も唾棄すべきこと。だが、「彼」にはそれを除ける力が無い。

(弱い…)

愛が踏みにじられようとしているのに、体が動かない。震えているのだ。ノリは軽いが、白衣は格が違う。

 

 

思えば、昔から理不尽を見過ごせなかった。鍛えた体は自身の正義を、愛を示すためだけに使ってきた。だが、今は何の価値もない。

(力が…)

欲しい。「彼」は激しい思いに身が裂かれんばかりだった。右手が熱い。まるで「彼」の思いに応えるように。ここにあると言うかのように。

「これは…」

朦朧とする意識の中、彼は見た。己の右手、甲の部分に光輝くGの文字を。

それは力。邪悪を許さぬ、Gの輝き。

それは証。あるはずのない、人類の可能性。

「馬鹿な!」

白衣が何かを叫んでいる。だがもはや「彼」には周囲など気にならなかった。

(わかる…わかるぞ!)

求めた力があるのだ。「彼」が望んだ力が、理不尽を打ち砕く力が、Gの力が今、「彼」の下に!

「『紋章』だと!」

右手のGの文字から、溢れんばかりの力が全身を満たす。否、実際に溢れた力が空間を歪める。光が天を衝き、雨雲を吹き飛ばす。

Gの光が「彼」を包む―――

 

「『変態』」

 

感じる。「自分」が「自分」でなくなっていく。

それはあたかも、蛹が蝶になるように。

 

「なんなんだ!貴様は!」

もはや白衣に余裕は無い。「彼」は既に「彼」ではない。暴虐に耐えるのではなく、それを打ち砕くために立ち上がる、力ある紳士となった。

 

「知らないならば教えてやろう。知りたいならば名乗ってやろう。」

 

光が消える―――

 

上半身は裸。その肉体美は服などという野暮なもので遮っていいものではない。

下半身には両足だけを覆うズボン。露出すれば良いというものではない。紳士の嗜みだ。

股間を覆うブーメラン・パンツ。もちろんシルクだ。品のいい光沢がセンスの良さを示す。

そして何よりその肉体。

鍛え上げた肉体は、『変態』によりますます磨きがかかる―――

愛を背負った僧帽筋。

雄々しく膨らむ上腕筋群。

敵を見据える大胸筋。

その身を支える、腹筋、広背筋。

大地を踏みしめる足底筋群、足背筋。

鎖骨のライン、胸鎖乳突筋。

挟まれる喉仏。

僅かに汗ばんだ肉体が、月光を受けて浮かび上がる。

もはやそれは芸術であった。

 

 

溢れる力。

溢れる愛。

今此処に、伝説が顕れる―――

 

「まさか…!」

 

咆哮する。誇りを持って、その魂の名を―――

 

「愛を知り、愛に生き、愛を信じて此処に立つ!男色紳士ッ!ゲイ・エクステンド!」

 

世界が震えた。それを待ち望んでいたかのように。

 

―――格が違う

奇しくも白衣は「彼」と同じ感想を抱いていた。

(馬鹿な!馬鹿な馬鹿な馬鹿な馬鹿な馬鹿な!ゲイ・エクステンド?あの御方と同じ力だと?)

あり得ない。『紋章』といい、『変態』といい、並みのゲイにできることではない。

(なら―――)

「やれ!」

待機させていた試作強化型ゲイをけしかける。

(ハッタリだ!)

つい先ほど、人一人を吹き飛ばした剛腕が勢いを増し、男色紳士に襲い掛かる―――

「やった!」

子供の胴体ほどもある腕が男色紳士を貫いたのだ。

「やっぱりハッタリk「残像だ」」

僅かな音すらなく後ろに回り込む―――

「ゲイッ!」

気合一閃。目で追うことすら不可能な神速の蹴りが邪悪なゲイを吹き飛ばす。輝くブーメラン・パンツ、しなやかに伸びる筋肉に覆われた右足。大腿筋のラインが美しい。

「さっきのお返しだ」

(な…)

確かに白衣は戦闘を専門としていない。それでも並みのHENTAIならば圧倒できるほどの力がある。その白衣の眼を以ってしてもブーメラン・パンツしか見えなかったのだ。

「馬鹿な!」

 

底が見えない

次元が違う

 

(なら―――)

身を翻した。あらゆる手段を以って目の前のゲイから逃げるために。

 

「遅い」

 

もはや認識すらできない。辛うじて声が聞こえた。

ブーメラン・パンツだけがなぜか眼に焼き付いている。

つま先が鳩尾に叩き込まれる。動きが止まる。

「終わりだ、衆道衆」

左手を前に。体を捻り、右手は腰だめに。

体に満ちる力をかき集める。

ただ倒すのではなく、救うために。

そして今、その拳が白衣と大男を捉える―――

 

「全ての愛を守るため…必殺!Gインパクト!」

 

拳に自身の愛を込め、邪悪を砕く。

輝く拳、煌めくブーメラン・パンツ。

《パキンッ》

ガラス片を踏んだかのような音と共に、目の前のゲイが倒れた。その肉体から光が溢れ出す。

「これは…?」

 

「彼」は未だ知らないが、「力」の源を失ったのだ。これではどれほど優秀なゲイであろうと、もはや戦闘は出来ない。

 

白衣は大男を連れて立ち去って行く。

声はかけない。

男色紳士は紳士である故に人の名誉を重んじる。

情けをかけることだけはしてはならないのだ。

 

「―――ふう」

『変態』を解いた「彼」はわずかに混乱していた。知るはずのない知識、あるはずのない力。

「この力は―――」

 

「う、ううん…」

少年が眼を覚ます。いつの間にか気絶していたようだ。

「怪我はないかい?」

笑顔で声をかける。別に他意はない。

「へ、」

「へ?」

「変態だぁああああ!」

「は?」

ものすごい勢いで逃げられた。

「…あ。」

『変態』の際に服が消し飛んでいた。全裸だった。

紳士にあるまじき格好だった。

 

「…やるせない」

第一話 「男色紳士」 Fin

 

《次回予告》

 

突如覚醒し、男色紳士となった「彼」。

『紋章』とは?『変態』とは?「彼」の本名とは?

 

待て、次回!

 

次回、G.G.G ~男色紳士創世記~ 第二話

「組織(HENTAI)」

 

 


[1] ゲイの持つゲイ探知能力。

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