心地よい穴の中に

2012-04-11
nao

 小さい人間と書いて小人。彼らは、団子を二つ繋げたような頭身から、ぴょこんと手足が生えただけの、小さく可愛らしい人間である。小人達は肉体的には弱者でありながら、魔法を使うことができるので、食物連鎖の頂点に君臨していた。例え巨大な肉食動物が牙を向けてきても、呪文の一言でほっかり丸焦げに。例え大地震が訪れようと、杖の一振りで元通り。魔法さえあれば、無から資源だって生み出せる。
 ああ、なんて頼もしいんだ小人さん。手が足に届かない三頭身の小人さん。
 その小人達には、国という概念がなく、ただ世界中で数え切れないほどの人数が暮らしていた。彼らは魔法の力のお陰で、何一つ不自由しない生活を送っていた。
 そんな彼らの最大の特徴と呼べるものが「穴」だ。いや、身体的な話ではなく、いわゆる地面や壁などに存在する穴のことである。では何処が特徴なのかというと、実は、彼らは穴を家として使っているのである。もちろん賢い小人さんのことなので、単に掘っただけ、というような原始的な穴ではない。
 その穴は、魔法で作った穴である。中に入ると、見た目よりも広い。外壁も汚らしい土ではなく、魔力を固形化した特殊な物質で作られていて、快適な空間が広がっている。丁度ひとりが住むのに十分な大きさの家、それを建てられるだけの土地である。
 穴の便利な所は、移動性にある。
 すべての小人は「穴を作る魔法」「自分で作った穴を消す魔法」を扱うことができる。ただし、穴は個人あたり一個しか作れず、新しい穴を作りたければ既存する穴を消さなければならない。また、穴の中に入れておいたものは保存され、穴を消したとしても、また新しく作った所に再び出現する。言い換えれば、小人は一人一個まで何処にでも簡単に持ち運べる秘密基地を所有しているようなものなのだ。
 小人にとっての結婚は、穴の共有を意味する。穴は基本的に持ち主を除いた小人が入ることはできないのだが、結婚する際に特別な手続きを踏んで「穴を共有する魔法」を使用すれば、二つの秘密基地を繋ぐ、管のような一本の穴が生まれる。こうして二人は、結ばれた穴の元で、共に暮らしていくのである。もちろん、離婚の際に穴を分けることもでき、子供が生まれた時は、その子供が所有する穴を共有することもできる。逆に、子供が自立すれば、穴を切り離すこともできる。
 家族はそうして、自分達だけの穴を作り上げていく。
 小人達は、そういうシステムの元で生命を営んでいた。

 
 穴の中は居心地がよい。
 もちろん、店や学校、会社といった不特定多数の小人が使用するものは地上にあるのだが、そこに行くとき以外は穴の中で過ごしていることがほとんどである。何というのだろう、穴の中というのは、言葉ではいい表せない、不思議な心地よさを持っているのだ。
 それゆえに、小人達は今までの日々に別れを告げ、大きな計画を始動させた。
 それは、全ての小人の穴を繋げて、地上での生活をやめよう、というものである。不可能ではなかった。資源や食料は、地下で栽培するなり、魔法で増やすなりすればいい。
 計画は徐々に実行されていった。
 まず混乱を起こさないために、統治者が必要だった。地域ごとに女王としての役割を果たす小人が、次々と指示をだして、穴を繋げていった。そうして数年の時を経て、小人達の住まいは、巨大な一つの世界に姿を変えたのである。
 こうして小人達は穴の中に潜り、新たな生活を始めたのだった。
 それからの小人達は自堕落な生活を送り続けた。心地よい穴の中で、食べて眠って、そして遊んで、好きなように暮らしていた。そんな生活を無限にも感じられるほど長い間、ずっと先の子孫まで繰り返していたのだった。
 そうする内に、小人達は退化を始めた。二足歩行ができなくなり、自由自在に道具を操ることもできなくなり、どんどん単純な身体になっていった。数万年ないし数億年の時を経て、終いには昆虫のような姿になってしまった。
 あの可愛らしい小人さんは何処やら、それはそれは醜い小人さん。
 気がつけば、魔法の使い方も忘れてしまい、それからは食糧難が襲い掛かった。そこで女王の子孫たちが再び立ち上がって指揮をとり始め、なんとか生命は維持していた。しかし、ついには穴を維持することも難しくなり、どんどんボロボロになっていった。魔法で作られた美しい壁は、見るも無残な土の壁と化していく。
 もう地下だけで生活することは不可能だ。そう思った小人達は、地上へと帰還することを決意した。とは言え、すでに地上のことを知る小人も居なければ、文献なども全て消滅していて、地上へ行くことは未知の世界への旅立ちである。
 緊張の一瞬。小人達は地上に到着し、そして真実を見た。
 なんと、巨人が世界を支配していたのだ。小人達の存在していた痕跡は何も残っていない。生命は流転して、新たな生物が食物連鎖の頂点に君臨していたのである。
 もはや原始的な行動しか行えないほどに退化した小人達が、巨人達を倒して地上の王者になることは不可能だった。仕方なく、小人達は地域にあった生き方を探し始める。そして、現在の彼らは、密かに惨めに暮らしているのだ――。
 
 巨人、我々人類は、この小人達の物語を知るはずもない。
 だから「アリ」という名前を小人達につけて、そして、見下ろしている。

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